悪いのは買い手企業かM&A業者か、あるいは個人保証か

先日、ガイアの夜明けで「企業買収に潜む詐欺師」として、話題のルシアンホールディングスに絡む案件の一つである売り手企業の元社長のほか、当のルシアン社の関係者、実際に仲介業務を行ったペアキャピタル社の代表者が登場。それぞれの見解をカメラの前で語っていました。

事の顛末をざっくりとまとめとると、

  • M&A実行後に「親会社が資金を管理する」という名目で、現金を吸い上げる
  • 借入の個人保証の変更をなかなかしてくれない(のらりくらり)
  • 支払いの資金が足りないので、吸い上げた資金を戻すように要請するも、約束の日に入ってこない(それを何度も繰り返す)
  • 資金ショートで経営破綻
  • 親会社の代表者が行方不明
  • 売り手の元社長には個人保証だけが残される

というもの。ルシアン社については、これまで数十社買収をしており、そのほとんどを同じ手口で潰しているとのこと。その通りであれば極めて悪質で、その手口は糾弾されるべきですが、番組はM&A仲介を行ったペアキャピタルにも矛先を向けます。

M&A業者が悪いのか?

売り手の元社長は、「ルシアンよりもペアキャピタルが憎い」とまで言う。その発言にまず違和感を覚えた。なんで?もしかしてこの仲介会社は、成約を急ぐあまりほとんど調査もせずに、関係性の薄い会社を買主に立てて、これだけのスピード(数か月?)で強引に案件をまとめようとしたのだろうか?あるいは、買い手の悪意を知りながら進めたのだろうか?

もしそうだとすると、ペアキャピタルに怒りの矛先を向けるのはわかりますが、この放送を受けて当のペアキャピタルが出したコメントを読むと、そういうわけでもなさそうです(まあ、はいそうですとは言わないでしょうけれど)。

要は、できる調査はしたし、個人保証問題ついても、発覚したその日にルシアンに連絡して、手続きするように要請したと。たしかに、M&A業者にそれ以上のことを要請しても無理な話です。

放送では、「ルシアンよりもペアキャピタルが憎い」という元社長が、ペアキャピタルを訴えるために、弁護士事務所を訪れる元社長の姿も映されていたけれど、上記のペア社の声明によると、まだ訴訟は提起されていないそうです。もしかしたら元社長は、ルシアン責任者が行方不明なので、ペア社に的を絞って感情的にことを進めようとしてる(感情的になるのはわかりますが)けれど、弁護士側が根拠が弱いとしてストップをかけているのかもしれない(推測ですが)。

元社長にとっての問題は何なのか

これ、突き詰めて考えると、元社長にとっては「個人保証」の問題に他ならない。株は譲渡して、オーナーではなくなってる。役員も(おそらく)交代して、残るは個人保証のみ。それを親会社がのらりくらりと手続きしてくれない。そうこうしてるうちに、会社は破綻。個人保証だけが残されたと、そういう流れです。

破綻の要因となったのは、親会社が資金を吸い上げたこと。しかし、これ自体が悪いのかどうかは微妙なところです。当のルシアン関係者も番組で言っていたように、親会社が資金管理するのは別に珍しいことではないからです。そして、子会社に資金が必要になった時に、親会社にも何らかの問題が生じていた可能性は拭えません。

子会社からすれば、お金を取っておいて必要な時に戻してくれないのは酷い話です。しかし、親会社はその時、何らかのトラブルでどうしようもなかったのかもしれない(敢えて善意に捉えると)。そして、そのことについて法的に何か問題があるのかといえば、難しいところでしょう。

本件、被害者も加害者もわかりやすい(失踪したルシアンの代表者に子会社の負債や残務を押し付けられた共同代表者も被害者と言えます)けれど、では誰の何の行為が悪いのか?が、深掘りするにつれてわかりにくくなってくる。そんな気がします。

もちろん、個人保証を書き換える大前提を実行しようともしなかったのは悪いし、吸い上げたお金を戻す約束を何度も書面で交わしたのに、繰り返し反故にしたのも悪いです。しかし、それを意図的にやったのか、何らかの事情でどうしようもなくて苦渋の選択だったのかで、事件性は大きく違ってくるでしょう。

諸悪の根源は個人保証

ここでひとつ思うのは、「このようなわかりやすい事件があった時こそ、個人保証の存在自体を改めて議論するべきじゃないのか」ということ。

経営者の個人保証に関する問題については、これまで散々繰り返してきたのでここでは控えますが、こんなものは天下の悪習慣だと思っています。これによって日本経済に重しがついていると言ってもいい。

売り手の元社長にとって、この事件は要は個人保証問題です。もちろん残された従業員に申し訳ないとか、長年築き上げてきた事業をゴミのように扱われたとか、いろんな感情はあると思います。

しかし、感情レベルを脇に置くと、残された問題は個人保証です。結果だけを見ると、高齢になって事業もなくなり、債務(個人保証)だけが残った。そして、前述のルシアン共同経営者にしても、どんどん負債を押し付けられて、一方の代表者は行方不明。個人保証が残されて、すでに家族はほぼ崩壊していると。

誰が悪いのかと言えば、買い手企業経営者と個人保証制度です。現在、できるだけ経営者からの個人保証は取らないように、金融庁も働きかけていますが、銀行は当事者からの申し出がない限り対処しないという及び腰です。

そりゃそうです。会社にお金がないと、経営者にもお金がないのは銀行もわかっていますが、彼らが見てるのは経営者の身内ですから。

このような問題が表面化した今、そろそろこの制度自体を撤廃して、銀行の与信スキルを上げていくべきじゃないかと思います。このような事件が半ば社会問題化しているタイミングで、この制度自体の是非を議論するべきだと思います。

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