M&A起業のいいところ
前回は、M&Aアドバイザリーのビジネスモデルを根本から考えてみました。ひとことで言うと、これまで多くの小規模M&Aをサポートしてきた経験から、規模によっては成功報酬でなくてもいいと思っています。
これは「買い手前提」の話ですが、成功報酬の比重が大きいビジネスモデルであるがゆえに起きる問題があって、実はそれにより機会損失が発生しているケースもあることから、それらを改善するモデルとして、小規模な買収においては業務委託契約によるアドバイザーではなく、顧問契約による「M&A顧問」が買い手とともに買収を進めていくというモデルが、これらの問題を解決すると考えています。
さて、1年半前に書いた拙書「M&A起業の教科書」は、Kindle Unlimitedで読めるためか、今でもちょくちょく読まれているようです。ありがたいことです。
起業家が書いた日本一わかりやすいM&A起業の教科書: 起業家への『理想の入り口』がここにある
この本はテクニカルなM&A論ではまったくありません。これから起業したい人に向けて、M&Aによる買収起業のプロセスやそのメリットを説明したものです。私自身、これまでの数度のゼロイチ起業(ゼロから自己資金で立ち上げる起業)と、これも数回にわたる自社事業のM&A経験、またM&Aアドバイザーとして多くのスモール案件を支援してきた経験から、総合的に考えてゼロイチで起業するよりもM&A起業の方がメリットが大きいと思っています。
この本にも書いていますが、そのメリットを再度ここに整理してみます。
1.「最初の顧客」を獲得するまでの時間をカットできる
何らかのアイデアがあって、それを絵に描いて人に伝え、共感する仲間を作り、法人を作って金融公庫で創業者融資をしてもらう。あるいはピッチコンテストか何かに出て、出資者を募る。事務所はバーチャルオフィスで、業務はほぼ自宅。最初から人を雇用するのはリスクが高いので、仲間には業務委託として協力してもらいながら、まず最初の客を見つけるまで奔走する。
創業融資として借りたのは200万円。信用も何もないゼロの状態で、貸してくれるだけありがたい。これに自己資金の300万円を足して500万円でスタートしたけれど、最初の客はいつになるかわからない。毎週、毎月、預金残高が減っていくので、これまでになくお金の流れに敏感になる。売上はないけれど腹は減る。売上はないけれど、社会保険の支払いは来る。最近までサラリーマンでまあまあの給料だったので、この社会保険が大きすぎる。暑くてクーラーをかけるけど電気代が気になる。見込み客を訪問するには交通費もかかる。「息をしてるだけでお金がかかっている」という現実に、今さらながら気が付き、焦燥感が募る。
と、こんなことはゼロイチ起業家であれば多かれ少なかれ経験していることですが、この状態で数か月後に顧客を見つけ、一瞬だけでも一息つけるのはまだいい方です。スタート時点のわずかな自己資金はあっという間に底をつき、どこかの会社に取り入って下請け仕事を分けてもらったり、あるいは「自分には向いてない」と早々に諦めてサラリーマンに戻ったり。ゼロイチ起業の多くはそんな状態になります。
世の中にない価値を提供する作業というのは、そんなに甘いものではありません。そして、世の中にない価値を提供することこそがゼロイチ起業の意義です。それを信用も実績もない人が始めようとするのだから、ハードルが高いに決まってます。しかし、社会の進歩のために必要なのはそんなチャレンジャーです。だからこそ起業は尊く、そこにチャレンジするハードルはもっと低くなっていくべきだと思っています。
私がM&A起業を推す最も大きな理由はここにあります。M&A起業は、すでにある会社(事業)を買い取るわけなので、最初の顧客を獲得するまでのハードルはほぼなくなります。もちろん、これは既にある事業を買収するわけですので、「世の中にない価値」ではありません。しかし、少なくともそれと関連性のある事業であれば、そこを土台にして挑戦することで、ゼロから立ち上げるよりも格段に実現可能性は高まります。
2.信用獲得コストをカットできる
「最初の顧客」を獲得する難しさも原因はここにありますが、ゼロから立ち上げた場合、信用を勝ち取るまでには時間がかかります。最初は月末締め翌末払いなどの信用取引をしてもらえず、現金の前払い取引のみという業界も多いでしょう。信用がないので当然のことです。それを何ヶ月、場合によっては1年くらい繰り返して、徐々に信用を得て人間関係も構築していってはじめて、信用取引に移行してもらうことができます。
単純にモノを仕入れるという取引形態ですらそうなので、世の中にない新しい価値を聞いたことのない会社が提案してきても、十中八九、見向きもしてくれません。想像以上に社会の反応は厳しいと思った方がいい。
しかし、すでにある程度業界や社会の信用を得ている会社を買う場合は、まったく違います。「へえ、○○社さん、経営者代わってそんな新しいこと考えたんだ」と、好意的に受け止めてくれるかもしれません。もちろん、それは買う会社にもよりますが、すでに顧客がいて、取引先と信用取引をしているということは、その時点でゼロイチのハードルを越えています。
3.「最初の社員」がすでにいる
これは経験者しかわからないかもしれませんが、最初の顧客と同じく、最初の社員もハードルが高いものです。採用される側に立てばわかりますが、実際、会社や経営者はそれまで聞いたこともなくて、他に誰も社員がいない会社に入ろうとするのは、余程そのコンセプトに共感したか、どこにも受け入れ先がなくて縁故で入ったか、どちらかだろうと客観的には思いますよね。
メディアに取り上げられたり、何らかの形で少し知名度が高くならない限りは、社員はなかなか来てくれません。特に今はほぼ全業種で人材不足が加速していますので、尚更厳しいでしょう。成長のためには人材は必要ですが、社員が最初からいる(もちろん社員がいる会社を買う場合ですが)M&A起業は、それだけでゼロイチよりも有利な立ち位置にいると言えます。
4.社会的な支援が充実してきている
M&Aで会社を買う場合、多くは負債もセットです。それ自体は経営者であれば自然に受け入れられると思いますし、企業価値は負債そのものではなく、あくまで現時点での資産(現金、設備など)から負債(銀行借入、買掛金など)を差し引いたネットキャッシュが重要ですので、負債そのものではなくトータルのバランスを見ます。
ただ、ひとつ問題なのは経営者保証です。会社が借りた借金を、経営者個人が肩代わりするというあれです。借入はともかく、この経営者個人にかかる保証があるために、その会社の買取を諦めるというケースが、私の周りでも何件も発生しています。
この制度自体が理不尽なことに加え、自分が借りたわけではない会社の借金の保証を自分個人がするという、心理的な抵抗感もあります。
ただ、この日本特有の悪性度は、今は廃止の方向に進んでいて、国は一定の条件下では経営者保証を外すように金融機関には通達しています。この「一定の条件」というのが、経営者保証ガイドラインです。そして「一定の条件」を満たすと事業継承時に保証協会に保証料を払うことで個人の保証を解除してくれる制度(事業承継特別支援制度)も始まっています。
この「一定の条件」の説明は割愛しますが、最も重要なのは債務超過ではないことです。債務超過だと経営者保証は外せませんので、そんな会社を買う場合は、慎重に勝ち筋を見極めてください。
新規企業の生存率は、10年で6.3%、20年で0.3%と言われます。新規での起業は、それほどに厳しいのです。90%以上の会社が10年以内にひっそりと消えていっています。しかし、創業10年の会社を買収する場合はどうでしょう。スタート段階から、すでに6.3%の企業です。この時点で、果てしなく大きなアドバンテージがあるのです。
もちろん、小規模の売り手企業は特に、赤字であったり社内に何らかの問題があったりするものです。それを立て直すのは、中途半端な取り組みではできないケースも多いでしょう。しかし、それはゼロイチ起業とて同じこと。どちらにしても厳しいものですから、より成功確率の高い方を選ぶべきです。
M&A起業に必要なのはアドバイザーではなく「M&A顧問」
さて、ここで前回、前々回と書いてきたことと、今回の話が繋がります。
「M&A顧問」の特長は、大まかに以下の通りです。
- 買い手企業とアドバイザーのゴール地点が同じ(成約ではなく成功がゴール)
- 買収時の資金調達や買収後の戦略立案を含めて、成功まで伴走する
- 成功報酬ではないので、高額フィーの心配がない
- 会社買収のプロセスを支援するだけではなく、M&A起業、買収の成功確率を上げるための支援
- 進行をアドバイザーに任せるのではなく、自社のM&A戦略を伴走してもらうモデルなので、M&A買収の地力がつく
M&A起業の場合、起業資金は買収に充てられます。その必要資金は買収対象によりまちまちですが、そこにプラスしてアドバイザーへの成功報酬が加わると、かなりの高額になりがちです。実際、株価は1,000万円だけど、アドバイザーフィーも同じく1,000万円というケースは小規模M&Aでは珍しくありません。場合によっては、株価300万、アドバイザーフィーは500万と、アドバイザーフィーの方が高いケースもあります。
M&A顧問の場合は、成約時点で一括して報酬が発生するのではなく、スタートした時点から一定の月額報酬として費用が発生します。加えて、契約期間中は起業後のビジネス展開も併せて伴走するモデルなので、これから新たに会社を経営するにあたり、心理的な安心感は格段に違います。
また、前述の経営者保証がある場合でも、それを外すための計画を一緒に立てるなど、通常のM&A会社にはない範囲で伴走します。そう考えると、M&A起業ではアドバイザーではなく顧問がふさわしいことが理解できると思います。
現在起業をお考えの方は、小規模買収を有力な選択肢としてご検討ください。ピンときた方は、お気軽にお問い合わせください。