人材不足はM&Aで解消できるか

先日、某IT企業の知人(人事部長)から、このような相談を受けました。

『エンジニアを3年で20人増やしたいと社長から言われた。これまでのように一人ひとり採用しても、20人は遠すぎる。M&Aで何とかならないかな』

私は20年以上IT企業を経営してきましたので、その業界には知人がたくさんいます。その人事部長の話を聞いて、他の会社はどうしてるのかと何人かに聞いてみました。やはりどの会社も人材採用、特にエンジニアの採用にはとても苦労していて、採用コストも年々上がっています

そして、どの会社も人材不足を解消するためのM&Aは視野に入れていました。

年々上がる採用コスト

この採用コストとは、広告費、イベント出展費用、印刷物や求人用のWebサイト作成費用、活動に当たる内部人件費等、あるいは人材紹介、ヘッドハンティングなどにかかる費用を合計して、採用人数で割ったものが一人当たりのコストです。多分に「運」の要素も含まれますが、ITエンジニアの場合、一般的には100~150万円/人のコストは見込んでおく必要はあるでしょう。

また、地域性も大きく影響します。私の場合、ある地方都市でエンジニアの採用を検討したところ、リクナビから「その勤務地だと、まず1人もエントリーありません」と断られたことがありました。名古屋から1時間の場所です。なら、名古屋でどうだというと「ギリギリ1~2人来るくらいですかね。。」とのこと。ITエンジニアは、以前からそれくらい人材不足です。

相談をもらった上記の企業は大阪中心部にあるので、少しはましとはいえ苦労していることには変わりありません。人事部長の努力もあって採用コストをかなり抑えているようですが、それでも人事部員の活動という内部コストは除外しています。

さらに考慮が必要なのは、定着率です。空気が合わない、嫌な人が社内にいるなど、ふんわりした理由ですぐに辞めていってしまうのが今の風潮で、3年後の離職率は恐らく3割程度です。つまり、3人採用すれば1人は辞めるので、上記のように20人入れたければ、6人は戦力化までに辞める計算をしないといけないということです。

また、採用した人材が戦力化するまでの期間も重要です。まったく同じ仕事内容で、文字通り即戦力の採用ならまだしも(その場合は採用コストも人件費も高いと思いますが)、通常は戦力化までにある程度の期間は見ておかないといけません。職種にもよりますが、感覚的には中途で1年、新卒で3年くらいでしょうか。それまでの人件費も「採用コスト」と言えるでしょう。

そう考えると、仮に採用までのコストを100万円、その人の年収は400万円、戦力化までに3年としたら、

(100万円+400万円)×3年=1,500万円/人

これが採用コストです。20人だと、ざっと3億円。戦力化が1年としても(その場合は年収はもっと上がるでしょうけれど、仮に同じとして)、1億円です。

そして、上記の定着率です。つまり、20人欲しければ、26人入れないといけない計算で、その場合は3億9千万円です。

そしてそして、ここには人事部の人件費(内部コスト)は加味されていません。人材難の時代に、採用コストがいかに上がっているかがわかると思います。

M&Aの場合

では、それをM&Aで解決できるでしょうか?

まず計算方法等が根本的に違うので、単純に比較するのは難しいですが、上記と同条件(20人のエンジニアを抱えるIT企業)の譲渡価格を、上記の採用コストに合わせて仮に3億としましょう。その場合、アドバイザーに支払う成功報酬は、5%として1500万円。

3億円+1500万円=3億1500万円

これが「初期」にかかる費用です。採用する場合と比べて、少し高くなります。

しかし、当然ながら3億の企業には売上と利益がついてきます。そして、戦力化までの期間を考慮する必要がありません。仮にその会社が年間の営業利益6000万(その5年分の3億が譲渡価格)だと単純に想定しましょう。その会社の社員たちは、初年度から6000万円稼いでくれる計算です。

逆に、利益がそれほど出ていない会社、あるいは赤字の会社を買収した場合は、初期にかかる費用は安くなっても、その後にかかる投資費用をかなり見込まないといけません。

そしてもちろん、ここでも離職率の問題はついて回ります。M&Aの場合、カルチャーが合わないといったことも出てくるでしょう。しかし、それは採用の場合も同じことです。

そして、採用の場合の内部人件費に相当するのが、M&A専門家に支払うフィー(1500万円)です。もちろん、それ以外の費用(着手金、デューデリジェンス費用等)もありますが、それを加味しても、M&Aの方が効率的なのでは?と思えてきます。

もちろん、M&Aにも社員の離職や文化の違いなどでPMI(M&A後の経営統合)がうまく行かないケースは多々あります。

もうひとつ加味しないといけないのは、将来を見据えた体制作りです。企業の方向性、ポリシーなどをちゃんと理解して、将来の幹部にしたいという人を採用するのは、どちらがいいか。この答えは、シンプルに採用、特に新卒採用かと思われますが、少し風土が合わないと転職してしまう今の時代は、これまたどっちもどっちかもしれません。

採用活動とM&Aは並行できる

結局、どんな業界でも、採用を強化したいのであればM&Aも並行して検討した方がいいという結論になりそうです。M&Aの場合は、専門業者が間に入って、フィーの大半は成功報酬なので、わずかな費用(着手金やリテーナーフィー)で取り組めるという面を考えても、やらない選択肢はないと私は考えます。

根本的に異質なものを比較するのはとても無理がありますが、結局、採用とM&Aを比べると、リスクの面で両者とも同じようにあると言えます。どちらが取り組みやすいか、どちらが自社にとって必要か。ここに尽きるのではないでしょうか?そのために、このようにメリット・デメリットを洗い出す作業は、意味があると思っています。

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