還暦ベンチャーとの出会い
私は、97年に米国留学し、2000年に日本で法人を立ち上げましたが、その間にシリコンバレーで最初の起業(個人事業)をしています。San Joseに机ひとつのシェアオフィスを借りて、日本人向けに米国サーバのレンタルサービスを提供していました。
その時に、今でも忘れられない出会いがありました。日本の大手企業を定年退職したあと、単身米国で起業した日本人、曽我弘(そがひろむ)さん。その時はDVD編集ソフトをつくる会社だったのですが、それを後にAppleに売却(スティーブジョブスにプレゼンしたそうです)。その後も何社か会社を興し、90歳近い今も日本で起業家支援をしています。
まだ最初の会社をAppleに売却する前でしたが、一度だけSan Joseのタイ料理屋さんで食事をする機会がありました。どんな経緯で会食したのかは失念しましたが、とても印象に残る時間でしたので、店内の雰囲気は今でもよく覚えています。
定年後、ひとりでオフィス探しから始まり、契約後まだ電気の通ってないオフィスで蠟燭の火を灯してひとりでご飯を食べたこと。悠々自適の老後を放棄したことを、奥さんに許してもらったことなど、たくさん感銘を受けたのですが、中でも最も驚いたのは、自社の企業価値を常に頭に入れていることでした。
私が現在の売上を聞くと「そうね、Salesはあんまり意味ないけれど、今のValueは4millionかな。来年は7.5millionくらいにはなるけど、少なくも10millionで以上でEXITしたいね(具体的な数字は記憶が曖昧ですが)」と、ご飯を食べながらスラスラ答えます。
(当時も円安でしたが、確か120~130円くらいをうろうろしていたような気がします。million(ミリオン)=百万ドルですので、10million=12~13億円程度ですね)
当時まだ20代後半で起業したての私には、何を言っているのかいまいちわかりませんでした。「売上より利益だ」と言うならわかりますが、「売上より企業価値」を答える人は初めてでした。まだ法人にもしていない段階でしたので、財務のことなどいずれ社員を雇って任せようくらいにしか思っていませんでした。
考えてみれば、皆さん売上、あるいは当期利益を軸に話しますが、売上が多くても不健全に借り入れが多かったり、いくら当期の利益がプラスでも累積のマイナスが大きくて、財務上はバランスが悪かったり。そんなケースはざらにありますので、それだけ聞いてもあんまり意味ないですよね。
また、「EXIT(出口)」という言葉を聞いて、IPO(上場)以外の出口戦略を、その時初めて知りました。そうか、売却という選択肢も普通にあるんだと。
M&Aを事業の軸にしている今は、これらは2つの意味でとてもとても重い言葉だったと理解できます。
ひとつは、出口を決めて起業すること。
もうひとつは、企業価値を常に把握すること。
当時、この2つを深く理解していたら、もっとレベルの高い会社になっていただろうなとも思いますが、そんなこと言い出したらキリがありません。会社は経営者に合わせた規模にしかならないものです。
出口を決めることは、登る山を決めること
「出口戦略」に関しては、まだギリギリ20代だった当時は、ピンと来なくて当然だった思います。上記の曽我氏は「還暦ベンチャー」と自分で表現する年齢で起業していますので、必然的に出口は明確にしていたのだと思います。
しかし、これは年齢関係なくどんな人でも必要なことだと、今となっては理解できます。
今は、大企業だけでなく中小企業にもM&Aが浸透し始めていて、若い起業家もM&Aか上場か、どちらかを想定して起業する人も多くいるようです。登る山を明確にイメージしてスタートする人は、成功する確率が高いことは間違いありません。もちろん、スタート段階で決めていなくても(決めていない人がほとんどだと思います)、今からでも決めることを強くお勧めします。絶対に「いつごろ、どうやってバトンタッチするか」は想定した方がいい。
ITバブル期には、売り上げ数億の赤字で上場するような会社が出てきたこともあり、猫も杓子も上場を目指す空気は、バブルが弾けたあとも変わらずにありました。
私も、ご多分に漏れず「上場するぞ」と宣言し、一時はある証券会社(今は合併で会社名が変わってますが)と主幹事の契約もしました。
そうなると、社員の士気も上がって空気が盛り上がるのですが、その後、いろんなことがわかってくるにつれて、「(できもしないことを棚に上げて)IPOあんまり意味ないな」とか偉そうに思い始め、私の中で熱が冷めてきました。結果、上場を目指すことをやめた宣言をしたら、その方針転換で社員の士気が目に見えて落ちました。当時の幹部社員からは「諦めないでください!」と直談判もされました。
まさにそのことは、「闇と闇と光」という、いま話題のM&A小説を書いた恵島さんも、この対談の中で同じことを言ってました。富士山の装備でエベレストに登る人はいません。「登る山によって、必要な装備も人員も違う」ため、途中の方針転換はなかなかうまく行かないし、何より人がついてこられないのです。
自社、あるいは経営者としての自分を「いつ頃に、どんな形で終わらせるか」。これが明確になっていると、打つべき手も見えてきます。「いずれ息子が継いでくれるだろう」と思っている人も、実は息子とそんな話をしたことがない人は、想像以上に多いものです。
いざ、年齢的に自分の体力も不安になってきて、そろそろちゃんと話をするかとなった時には、すでに息子は自分の人生を描き始めていた。そんな話もよく聞きます。M&Aの相談に来るタイミングは、そんなパターンも多いのです。
また、そうやって相談に来た会社の財務状況を見ると、このままではとても売却できない状態の会社も少なくありません。というか、中小企業の場合は、感覚的に半分くらいがそうです。そんな先には、まず「売れる会社」になるための立て直しを提案しますが、出口を決めていれば、そうなる前に対策を打てるはずなのです。
なぜなら、出口戦略と企業価値の理解はセットで、企業価値がわかれば将来の出口までに打つべき手が見えてくるからです。
自社の現在価値を知る
上記の曽我さんは、10million以上になったらEXITしたいと明言していました(繰り返しますが、具体的な数字の記憶は曖昧です)。10millionというのは企業価値、EXIT(出口)というのはM&Aによる売却のことです。
そして、その計画通りAppleに売却しました。
上場の場合でもM&Aの場合でも、出口を決めていれば、その時にこれくらいの価値(これくらいで売りたいという金額)が必要だということは見えてきます。あるいは、親族内承継の場合でも、親としては子供にはより価値のある会社を引き継いでもらいたい。そう思うのが自然だと思います。
出口がイメージできれば、その時に必要な価値も見えてくる。そこに向かうためには、まず今の企業価値を知り、どうすればその差を埋めることができるかを必死になって考える。
それこそ、経営者の仕事です。それ以外は、他の人にすべて任せてもいいとすら私は思っています。
そんな出口の想定がないと、日々山あり谷ありの中で、どんなかじ取りをするべきかわからなくなります。おそらく中小企業経営者は、特にサイズが小さくなればなるほど、そんな状態ではないかと思っています。
「自分の代で廃業する」という経営者もいます。会社には寿命がありますので、それを自分で設定するのは素晴らしいことです。しかし、現実は、借入が多く個人保証もしている。実質債務超過(負債が資産を上回る状態)なので負債を清算できない。結果、廃業すらできない状態の会社も少なくありません。
まず出口を決める。具体性がなくても、何歳くらいでどのような形でバトンタッチするのか。あるいは自分の一代で廃業させるのか。それを想定すると、必ず見える景色が違ってきます。
出口の際には、嫌でも企業価値の話になります。いくらで売れるのか、あるいは金額的な価値がないのか。誰でも価値のある状態でバトンタッチしたいですよね。そのためには、何よりまず現在の企業価値を知ることです。
もっとも、企業価値はいろんな算出方法がありますが、特に非上場企業の場合はあくまで参考数値です。それでいいのです。そこから、時期、手段、金額の出口想定があれば、打つべき手が見えてきます。
断言してもいいですが、そうなると経営の失敗確率は格段に下がります。全方位で、やるべきことが見えてくるからです。
どんな経営者も、幸せな出口のために出口戦略と企業価値の把握は必須です。どのようにすればいいかわからない人は、一度LINEでご相談ください。随時、壁打ち相手もいたします!